2020.11.14 院長コラム
ワクチンの光景
まりなちゃん(仮名)は若いお母さんと手をつないで診察室へ入ってきました。宮崎駿のアニメに出てくる女の子のような、頬がぽっちゃりとしたかわいいお嬢さんです。元気良く診察室に入ってくるなり、まりなちゃんは一生懸命にお話しを始めました。「こんにちは。私ね、まりななの。5歳です。お母さんはよしこだよ。今日は、シールを貼ってもらいにきましたー。あすかちゃんはキティーちゃんのシールだったよ。私はねえ、ミッキーマウスがいい。」(ははあー、困ったぞ)私はどうしたものかと思案しながら診察をしました。この間インフルエンザ予防接種注射後の病院用絆創膏が切れたため、急遽アニメのキャラクターの絵が付いた絆創膏を近くの店で買ってきて使っていたのです。それをまりなちゃんはシールと呼んでいるようでした。おそらくお友達が絆創膏を張られて彼女に見せたのでしょう。彼女もそれを貼ってもらおうと、意気揚々と診察室に現れたのです。まりなちゃんの期待は正当です。しかし残念ながら今は通常の白くて無愛想な絆創膏に戻しています。しかもまりなちゃん、なんだか注射をしてシールを貼るんじゃなくてシールを貼るために注射をすると誤解しているような・・・診察のあと、「はい、それじゃあ、まりなちゃん元気に注射しようね。」と私は看護婦にバトンタッチしました。「はーい。」彼女は注射という言葉にもまったく臆せず、意気揚々と腕を差し出しました。そこで看護婦さんが彼女にそっとささやいてしまいました。「ごめんね。注射のシールね、もうなくなっちゃったのよ。」その瞬間、彼女は目を見開いて、本当に凍りついたように体と顔を硬直させました。「えっ!?」彼女があまりにも愕然とした表情をしたため、スタッフ一同とっても悪いことをして責められているような気持ちに陥ったのでした。「ごめんね、なくなっちゃったのよ。その代わり、帰りに受付のお姉さんが別の良い物をくれるからね。」彼女の耳にはもうその言葉は届いていません。頭の中を「シールがない」「シールがない」という言葉が駆け巡っていたことでしょう。次の瞬間、彼女の桃のような頬に大粒の涙がこぼれ始めました。「なんのために、なんのために注射に来たのぉー」これを境に、彼女は物分りのいい勇敢な少女から、注射嫌いの臆病な子供に逆行してしまいました。「いやだあー。いたいー。なんのために注射するのー!」彼女は泣き叫んでお母さんの手を振り切って帰ろうとしています。お母さんと看護婦さんで押さえて、何とか注射をしてしまいました。数十秒後、抗議だと言わんばかりに泣き止まないまりなちゃんは、受付のお姉さんに絆創膏ではなく紙に貼るシールのセットを手渡されました。それをもらった途端に泣き顔は裏を返したように笑顔に変わりました。「まあいいわ。」そういってまりなちゃんは来た時と同様に意気揚々と帰ってゆきました。さあ、来月の2回目の注射ではまりなちゃん、どんな顔でやってくるのでしょうか。今から楽しみです。