2026.06.02 院長コラム
幽霊はいるのか、死んだ人は霊として存在するのか
ある坊さんのお話では、未亡人が、ご主人をなくして、坊さんに「私の主人(の魂)はどこかにいるのでしょうか?」と尋ねたところ、坊さんはこう答えたそうだ。「いま、お寺の偉い坊さんが山に入っています。あの山のどこにいるのかはわかりません。どこにいるかはわからないけれどもいらっしゃる。ご主人も同じです。どこにどういるのかはわかりませんが、いらっしゃいます。」
坊さんは、霊のようなものがいることを示唆したのだが、我々が知っている幽霊やその他の霊のような、そんな形でいるかどうかは言っていない。化けて出たり、人を呪ったり、親しい人とお話をしたり、そんなものとは限らない。ではどんなものか、それは坊さんにもわからないだろう。
昔同僚の優秀な病棟看護師さんで、頻回に病棟内で霊を見たり触れられたりする人がいた。そのためかどうかわからないが、彼女はしばしば胃潰瘍になる。私をはじめその他の同僚には全く見えなかったが、彼女にとっては頻繁なことなので、廊下の端の天井付近にしばしば人が浮いているが特に驚かないという。さすがに仕事中ベッドの下から足をつかまれた時には大変驚いたとのこと。見える彼女と、見えない私の間にはどんな違いがあるのか?
もっと昔、私が学生時代のことだ。不幸にして同期の友人が、今考えると統合失調症になった。学業はおろそかになり、アパートの自室にこもっていた。私が訪ねたところ、明らかに目つきがおかしい。無難な世間話をしていたところ、彼が本当に世間話の延長線上のつながりのように「隣の家に壺があるんだ、あれは俺を呪うための壺だ。」とか、「雨の日に傘をさしてそこを歩いている人たちはみな俺を呪っている。」などと淡々と話しを始めた。本当に隣の家に何らかの壺があるのか、そもそもそこからは見えないではないか。今なら、彼を引きずってでも精神科に連れて行ったのだろうが、当時の私は何もできず話を聞いていた。私は、そんな壺はないよとか、他人は君を呪っていないよなどと否定はしなかった。聞いていることが少しでも癒しになったらと思った。結局彼は医学部をやめ、故郷に帰っていった。
また、年配の女性患者さんが、私の外来で、自宅の部屋に小さな象が時々現れると言っていたことがあった。彼女は幻視だろうと自分で分かっている。自宅に象が、しかも普通の象よりずいぶん小さな象が、現れるわけがない、と自分でもいう。でも見えるのだともいう。幻視を自覚しているところが大変面白く、記憶に残っている。彼女はその幻視以外は特に問題なく、普通に暮らしているので、特に治療の必要はない。自分自身ででおかしいと感じているところが、私の友人と違うところだ。
この、見えないものが見える三人の違いは何だろう。もしかするとほとんど変わりないのかもしれない。いずれも、他人にはわからない、触れることも見ることもできない。二人目と三人目の例はおそらく病気だろうが、一人目の看護師さんは、普通に接している限りでは精神疾患とは思えず、本当に霊が見えるのかもしれないし、実は隠れた統合失調症かもしれない。
霊がいるのかどうかはわからないが、元同僚看護師さんのように、霊が見えるというのは私はかなり懐疑的に考えている。見えているということは、可能性として二つある。
一つは、エネルギーとしての霊が、人の網膜の視細胞を刺激して見せているという可能性だ。普通の物体と同じように。そうだとすると、その看護師さんには見えるが他人には見えない霊のエネルギーは、360度に放射されるのではなく、かなり狭い範囲に絞って放射されている可能性がある。狭い光線を出す懐中電灯のように。そうだとしても、例えば霊のいる位置と霊を見ている者の位置、その間に入ったら第三者も見えるはずだ。だが、そんな話は聞いたことがない。また、ある位置に立ったら見えるが、横に一歩ずれたら見えないというような、そんな話も聞いたことがない。 以上のことから、特定の人だけが網膜で幽霊を見ているという可能性は極めて低いと考える。もちろん、ドラマのように同席したみんなに見える幽霊もいるのかもしれないが。
二つ目は、網膜を介さず、何らかの方法で脳の視覚領域に刺激を与えているのかもしれないという可能性だ。網膜の視細胞で受けた情報は、電気信号として脳の深部にある視床という部分へ、そこを介して大脳表面、後頭部の一次視覚野で物体の有無、形、位置などを確認する。さらに詳しい分析をするために信号は側頭葉や頭頂葉の高次視覚野といわれる部位に送られてその物体の意味を分析したり動きを感じたりする。もしも一定の人が霊を見ているとき、その霊の何らかのエネルギーがその人の脳を刺激するとしたら視床だ。脳の深部に存在する視床にエネルギー照射をするとしたら、どのような手があるだろうか。一番近いのはごく狭い範囲に絞ってがんの放射線療法をするようなイメージだ。霊のエネルギーは、網膜に見せるよりもさらに非常に狭い範囲に絞られたビームを視床に送らなければならない。しかし、放射線療法の場合、照射位置が少しでもずれると誤って周囲にも照射されて組織を損傷するため、体をしっかり固定しなければならない。霊のエネルギーはもちろん治療用放射線と違って組織の損傷は生じていないはずだが(そうでないと霊を見た人は見るたびに視床の障害を生じて大変なことになる)、霊を見ているときに少しでも身じろぎすると霊のエネルギーは視床を外れてすぐに見えなくなるはずだ。だが霊を見ている人はそんなに金縛りになっているとは限らない。そもそも霊になって万能になったとしても、人の視床の位置を正確に見つけたり、特に昔の霊が、視床の刺激が視覚情報を生じるということを知っていたとは思えない。以上のことから、霊は視床に働きかけて己を見せているという案も、非常に可能性が低い。
網膜にも働きかけていない、視床にも働きかけていないとなると、少なくとも同じ場にいて一人の人だけが霊を見ているという現象は客観的には大変可能性が低い。3番目の象が見える女性のように、自分の脳がそのイメージを作成している可能性が高い。あくまでもこれは霊が見えるかどうかという話で、霊がいるかどうかは別の話です。