注射を受けるときのお子さんたちの反応は本当に千差万別さまざまで、スタッフ一同とても楽しませていただいております。(あ、これを読んでいるそこのお母さん、怒らないで、ちょっと聞いてください。)もちろん当の本人は必死で大真面目です。なにせ、自分のぽっちゃりした柔肌に針がぶすっと刺さりこむなんて、想像するだに恐ろしいではありませんか。お母さんだって看護婦さんだって医者だって、注射なんか好きじゃあないんだから。 さちこちゃん(仮名)は、非常に落ち着いて聡明そうな女の子です。インフルエンザ注射前の診察のために、ゆっくりした足取りでお母さんと診察室へ入ってきました。「さちこちゃん、風邪は引いていませんか?」「引いていません。せきもはなみずも出ません。」「お昼ごはんは食べましたか?」「給食を食べました。」「なるほど。」とってもはっきりした女の子です。診察の後、私はさちこちゃんに言いました。「さちこちゃんは大人だから、注射は大丈夫だね。」「はい。」さちこちゃんはとっても物分りの良い子です。処置室でいすに座って看護婦さんが腕をまくったとたん、「ち、ちょっと待って。深呼吸をするから。」「どうぞ。」(おおきく両手を広げながら数回深呼吸をしたさちこちゃん、今度は大丈夫かな?)「それじゃあ、いいかな。」看護婦さんが消毒用の脱脂綿を差し出すと、今度はさちこちゃん、「ち、ちょっと待って、ほんとに待って!ラジオ体操をしてから注射させて!」一同「????」(まあいいか。どちらにしてもうちはいつも混雑してない。ゆっくり注射を受けていけばいいよね。)私は、さちこちゃんが処置室の壁際で一生懸命手足を振り回してラジオ体操をするのを、看護婦さん、お母さんと見守りました。ラジオ体操に飽きたころ、さちこちゃんのお母さんのほうが痺れを切らして「さちこ、もういいでしょ。」ラジオ体操を終えてふたたび椅子に座ったさちこちゃんは目をぐるぐる回して次の手を考えています。「ちょっとまって。あのね、私のお友達のゆきちゃんがね、このあいだ先生にしかられたのよ。それがね、どうしてかっていうとね・・・」延々と彼女の話は続きます。お母さんはいよいよ痺れを切らし、「いいかげんにしなさい!」「でもね、だってね、ゆきちゃんはね・・・」さちこちゃんはしどろもどろになりながらなんとか次の話題を考えています。「いいから注射してください。」と、おかあさん。われわれも同意してさっさと注射をしてしまいました。さちこちゃんは涙ぐみながらもしぶしぶ注射を受け入れて帰りました。 さてそれから3週間後。さちこちゃんは2回目のインフルエンザ注射に現れました。(きょうはどんなお話をしてくれるのかな。)そんな期待と心配の入り混じった気持ちで私はさちこちゃんを診察しました。「さあ、それじゃあ、注射をしようかな。」処置室へ向かったさちこちゃん、椅子に座ったとたん、「ち、ちょっと待って。注射の前に二の段を言わせて。にいちがに、ににんがし、にさんがろく・・・」(さちこちゃん、考えたねえ。きっと来る道々一生懸命考えたんだろうねえ。)わたしは彼女の土壇場のアイディアに心を動かされました。だって、九九は九の段まで延々とありますからね。さて、二の段はあっという間に終わってしまいました。「さあ、それじゃあ・・・」と看護婦さんが言ったとたん、「あ、あ、あの、つぎは三の段ね!さんいちがさん・・」「さちこ!」三の段はあえなくおかあさんに止められて、結局前回と同様半強制的に注射をされてしまいました。でも私は心の中で拍手をしていましたよ。(きっと将来いろんなアイディアを出せる聡明な女性になるに違いないよ。)私は、肩を落として帰って行く彼女の後姿に無言のエールを送りました。それにしても、もう来年の彼女のインフルエンザ注射が楽しみです。さらにグレードアップした彼女のパフォーマンスが見られるかもしれません。さちこちゃん、がんばれ。 |