診療の合間に短い暇を見つけて、私は心不全で入院を繰り返している80歳のB子さんを車椅子で病院玄関の外まで散歩に連れ出した。彼女は私の病院の常連さんだ。体力は無いが、口は達者。彼女のちょっと悪っぽい雰囲気を私は気に入っている。しかし最近、年齢相応に少しぼけてきているような気もする。 「B子さん、今日は天気がいいですね」 「そうだね」 「B子さんは元々この町の生まれだったね」 「そうさ、何でも知ってるよ。芸者もしていたし、肉体労働もしたし、この町のことは何でも知ってるのさ」 病院の裏手に小高い山があって、その山のてっぺんは崩れたように切り取られている。 「B子さん、あの山のてっぺんは噴火で崩れたんだったね…」 前回聞いた話から昔の話を続けようとすると、B子さんは言った。 「何言ってんだい。あの山はね、戦争中、艦砲射撃を受けて崩れたのさ。噴火したなんて誰がそんなこと言ったんだい」 B子さんはいたずらっぽい目でそう言い放った。「……?」 私はもちろん話の真偽は分からない。この間散歩した時には、真顔で噴火の話をしていたのだが。 お年寄りは痴呆で記憶があいまいになるためか、作り話を繰り返す場合がある。彼女の場合はいたずらっ気のある方だったので、本当に騙しているのかぼけているのか、私には見当がつかない。とりあえずその日はいかにして山が砲撃を受けたか、同時にいかにこの町が大変だったかという艦砲射撃説を拝聴することとなった。 しばらく過ぎたある晴れた午後、私はまた彼女を散歩に連れ出した。 「B子さん、あの山は艦砲射撃で崩れたんでしたよね」 するとB子さん、にやっとずるそうな含み笑いをして言った。 「誰がそんなこと言ったんだい。あの山はね、この下の道路工事に使う土砂を取るのに使われて低くなったのさ」 (ああ!いったいどれが本当なんだ!誰か教えてくれ!) その後、何人かの同僚に聞いても誰も分からず、結局、確認する機会を失った。10年近く過ぎた今、私は別の街に住み、あの時の事の真偽は分からずじまいとなった。それよりも私は、あの時彼女がぼけて作り話をしていたのか、あるいは確信犯で私をすっかりだましていたのか、そちらの方がずっと気になっているのだ。彼女はすでにこの世を去ってしまったが、私は一生その疑問を抱えて生きてしまいそうな気がする。 もしかするとB子さん、あの世で「してやったり!」とばかりに、ずるそうに笑っているかもしれない。数十年後にあの世で確認できればいいのだが…。 |